武水しぎの

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ある孤独死の顛末

2003年11月 1日

O家さんのうちに今日も管理会社から電話がかかってきました。
「お忙しいところ、申し訳ありません。賃貸管理のF本です。マルシェ北坂なんですけれども、入居者の方がお亡くなりになられまして」
「あらら、お葬式いつ? お世話になったから、いきたいんだけど」
「まだ未定なんですが、お部屋の確認に立ち会っていただきたいんです」
「???」

妙な話です。賃貸住宅だって人が生活してるんですから、人が死んで、お葬式ぐらいあって当然。
でもF本さんの言い方では事件性がありそうです。

206号室の坂又さん一週間も出社しない、と勤務先から管理会社に問い合わせがあったのが今日の朝一番。
電話は自宅も携帯も、呼び出しはしますが出ない、ということで。
F本さんと勤務先の同僚が合鍵を持って、206号室を11時ごろにおとずれました。
チャイムを鳴らします。
「坂又さーん、おられますかー」
何度かやっても返事ナシ。
ドアをたたきます。
「坂又さーん!」
返事なし。
「坂又さーん、おられませんかー!? 開けますよー!」
管理者・オーナーといえども、入居者に無断で立ち入るのはいけません。
しかし、一週間も出社せず、連絡もつかない、というのは異常事態です。
F本さんはドアを合鍵で開けました。
「坂又さーん!」
もう一度大声で呼びます。
やはり返事はありません。多額の滞納者なら夜逃げということもありますが、坂又さんは一度たりと入金が遅れたことはありません。また、部屋にまったく乱れはありません。多少雑然とはしていますが、男の一人暮らしとしてはきれいな口でしょう。
そう、マルシェ北坂はファミリー向け物件ですが、坂又さんは広い部屋がいい、といって3LDKに入居していたのです。
坂又さんの勤務先のH瀬さんが
「なんか妙な臭いしませんか?」
といいます。
まさか……自殺? F本さんは奥の部屋へ入りたくない、と痛切に思いました。しかし職務上、確認しないわけにはいきません。
奥の和室にいくと……、坂又さんがいました。
変わり果てた姿となって、布団の上で亡くなっています。
F本は即座に警察へ通報し、O家さんのところに電話してきたというわけです。

「身内の方と連絡取れた?」
O家さんはF本さんに聞きました。
代わってH瀬さんが答えます。
「はい、今大急ぎでこちらへ向かってますが、遠方なんでね。3時間はかかるんじゃないですか」
部屋では警察が現場検証しています。
O家さんも契約書一式を持って、死亡者が坂又さんであることを確認しました。
部屋に乱れたあともなく、死体に外傷もないことから、病死ではないか、と警察官が説明します。
ただ、変死という扱いになるので司法解剖が必要だそう。
死後数日たっているので、臭いももちろんですが、坂又さんの寝ていた布団にも跡がついています。
マンションの周りには野次馬が集まり、パトカーや救急車を取り巻いています。

司法解剖の結果、死因は肝硬変による腹部動脈瘤の破裂でした。
突然、体の中で大出血が起こったため、失血死したのです。
急死であり、また死後数日間発見されなかったので、身内の方の悲しみは大変なものでした。なんといっても坂又さんはまだ四十代です。
お葬式にはO家さんも出席しました。


さて、悲しみは悲しみでおいといて、O家さんはオーナーとしての仕事をせねばなりません。
坂又さんの部屋は身内の方が荷物を撤収し、「ご迷惑をかけたから」とハウスクリーニング代ももってくださいました。
「F本さん、これって事故物件になるのかな?」
「病死ですので、なりませんよ。重要事項説明でも言う義務はありませんが、……」
ここでF本さんはくちごもりました。
「警察が来て、救急が来て、大騒ぎになりましたからねえ……。人の口に戸は立てられないのが辛いところです。人が死んだ部屋と知るとやはり入りにくいでしょうねえ。」
O家さんは肩を落としました。
人が生活している限り、生きて死ぬのは当たり前。家だってそういう中で住み継いでいくのが当然なはずです。
でも入居時さえ、前の入居者の痕跡を嫌がるのが今の世相。ましてやお亡くなりになった部屋、となれば確かに入りにくいでしょう。
「自殺の場合は損害賠償を請求した例がありますが」
「今回は病死やから、当たり前のことや。賠償なんてモッテノホカ。わしゃ自殺でもようせんけどな」
仕事の面でも悲しむことになったO家さんでした。

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