武水しぎの

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いわれなき立退き料

2004年12月15日

 Y主さんは、地方都市で酒屋をしております。もとは素封家であったので、その名残で今でも古い借地や借家を少々所有しています。
酒屋という商売、今は新業態の攻勢に押され、なかなか経営が大変です。Y主さんもご多分にもれず、苦労しておりました。設備投資をばしっとやるには今の状態では融資がなかなかおりず、自己資金も不足気味。資金繰りもまぁなんとかまわせている、という状態です。
そこへ大口の取引先が倒産し、あおりをくらったY主さんは経営危機におちいりました。
そこで、借地や借家を処分しようと、不動産屋さんに相談をしました。借地人や借家人がいるままの売却。しかもY主さんの物件は戦争前から契約が続いているようなものが主ですので、契約書もないものも多く、転貸などもあるようですから、現況のまま売ろうとすれば、買い叩かれるのは目に見えています。しかし背に腹はかえられません。割とまとまった物件数であったことも幸いしてか、ある地上げ屋さんが買いつけを申し込んでこられ、1週間後には契約と手付という運びになりました。一応決済は1ヵ月後の予定です。
そんなときです。その売却予定の借家の賃借人・船木さんから退去届けが届きました。
船木さんは近所の商店街で大きめの店舗をY主さんから賃借し、青果店を営んでいました。やはり戦前からの賃借人で、賃料は安めながらもきちんと支払ってこられましたが、高齢になり、また後継者もいないことから廃業を決めた、とその手紙には書かれてありました。今月末で店を閉め退居する。つきましては……
手紙の後半を読んだY主さんは絶句しました。
「この店舗の奥半分は昭和16年に何野何某から△△円で購入したものである。今回お返しするのであるからその費用と、店舗のある商店街にはアーケードの分担金など○○円を負担した。その費用。また近隣の立退き料の相場などを弁護士に聞いたあたりから判断するに300万円の立退き料が相当と思うが、長年お世話になったので200万円を立退き料として支払ってほしい」
何野何某なんて聞いたこともありませんし、船木さんが購入したという建物は登記がありません。少なくとも外部からは賃借店舗以外の部分があるようには見えません。
近隣の立退き料相場? そういや10年ほど前に再開発計画が買収中途で頓挫しました。そのときの話をしてるのかしらん?
いや、なによりも。なんでこの人は自分で契約を解除しといて立退き料を請求してるんでしょう? Y主さんは「出ていってくれ」とは一切口にしてませんし、格好のいい話ではありませんので、今回の売却話もまだ話はしていません。いや、契約後には言うつもりではありましたが。
払うのはバカバカしいとしか言いようがありません。少し話してみますと、払うまで鍵を返す気もなさそうですし、面倒なことにゴネ得ではなく当然の権利と思っているようです。
Y主さんの売却先は地上げ屋さんです。不動産屋さんに相談すると、1件でも権利関係がキレイになると、値上げOKになると思う、とのことでした。先方へ値上げ幅を打診してもらうと、船木さんが退居するならば300万円余分に払う、との返事が来ました。
悔しいことですが、ここで早く売却しなければY主さんの酒屋はつぶれてしまいます。200万円船木さんに払っても、現状のままで売却するよりは100万円の得です。鍵が返ってこず、確かに退居したという船木さんの意思表示がなければ、店を閉めただけでは解約とはきっとみなされないでしょう。
そこで不動産屋さんを通して船木さんに連絡をとり、今月末に200万円支払う代わりに鍵の返還と、確かに退居し、残置物の処分を承諾する一筆をもらうことで話がつきました。
そうして船木さんとのやりとりも、地上げ屋さんへの売却も無事に終わりました。
しかし今思い返しても、単なるタイミングだけで、いわれのない立退き料をせしめ、しかも原状回復まで不問になった船木さんの棚ボタというか、悪運の強さにはため息を通りすぎて感心するY主さんでした。

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