O家さんの物件、マルシェ北坂のお隣には、月極駐車場があります。
この間、退去されたお部屋を確認に行こう、とO家さんが前を通りかかりますと、
「ちょっと、ちょっと」
と、駐車場のオーナーさんに呼び止められました。
このオーナーさんは駐車場のさらに隣にお住まいで、この駐車場には自分の車を2台とめ、8台分を賃貸されてます。
マルシェ北坂の敷地沿いにはアルミのフェンスがあり、4台ほどの駐車スペースがフェンス沿いに並ぶ形です。
「ちょっと。このフェンス見て」
「はぁ」
わけがわからないまま、とにかく言われたとおり、フェンスを見てみます。
「いがんでるでしょ」
「はぁ、いがんでますね」
「はぁ、じゃないよ!」
いきなり怒られてしまいました。わけがわからず、目を白黒させていますと、
「ここの借家人さんがね、これをやったんだよ!」
と、説教が始まりました。
かなりおかんむりなので、要領を得ませんが、引越しの際、大物を窓から搬入するときに無断駐車したり、エアコンを取り付けるときに無断駐車したりしているとのこと。そのときに荷物などが当たって、フェンスがこのとおり非常にゆがんだこと、などをまくしたてられました。
「アンタも大家ならちゃんとして貰わないと!」
確かに無断駐車したあげくにそれでは、いけません。
「申し訳ありません」
O家さんはともかく謝罪し、
「今後はそのようなことのないように、注意します。つきましては、今回いがめたのはどの部屋の住人でしょうか?」
と、聞きました。
「そんなものはわからん」
O家さんは少しずっこけました。
「あの……現場を御覧になったわけでは……??」
「そんなものはみておらん。24時間見張ってるわけがないだろう」
と、いうことは、無断駐車はともかく、フェンスの方は単なる憶測のようです。
「わ、わかりました。とにかく入退居の際には入居者への注意を徹底します」
「見張っとかないとダメだろう!」
「へ? 私が引越しやエアコン取り付けにに立ち会うので?」
「当たり前だ」
「いや……退去の立会いには確かに私も来ますが、引越しの日や工事の日はいちいち連絡をいただきませんので……」
オーナーさんはさらにむっとしたようです。
「そういうものなのか?」
「ハイ。そういうものです」
「それならば、なぜ退去立会いのときにもっとしっかり見ないんだ!」
見ないんだ、と言われても、退去立会いは賃借人の占有部、つまりは部屋を確認するものです。部屋以外にチェックするとしたら、自転車置き場に自転車を置き去りにしてないかを確認する程度……。
なぜそこで退去立会いにつながるのか、O家さんにはさっぱりわかりません。
「退去立会い時に、こちらのフェンスも確認せよ、と」
「そうだ」
が、引越しの度に無断駐車されてるなら、気持ちはわからなくもない……、と思ったところに、信じがたい言葉が聞こえました。
「フェンスを壊したなら、敷金から差し引いてもらわないと!」
思わずしばらく考え込み、O家さんは聞きました。
「あの、それは、こちらのフェンスを、ウチの入居者が壊した場合は、敷金から弁償せよ、ということで???」
「当たり前だろう。そのための敷金じゃないのか!」
確かに敷金は借主の負債を担保するためのもの――例えば物件を壊したらそこから弁償してもらうために預かるものです。でも、ヨソの物件を修理する代金をそこから差し引けません。
それって……。要約すると……。例えば……。
他人の家のガラス窓を割って逃げる人を、第三者が捕まえて、
「弁償しとくからカネよこせ」
と言うのと一緒では……。
「そんなことは、できません!」
O家さんの声は、少し悲鳴に近かったかもしれません。
「できないわけがないだろう!」
「契約上できないんです――。そんなことしたら、ウチが弁護士や警察に怒られます――(ToT)」
「じゃあ、ウチが直接借家人に言ってもいいんだな!」
「ぜひそうして下さい――m(ToT)m」
すると意外や、オーナーさんは拍子抜けした顔をしました。
「……言って、いいのか??」
「お二方の間の話ですので、言っていただかないと……」
「いや。近所づきあいもあるし、借家だし、直接言っていいのかわからなくてな……」
O家さんのほうがびっくりです。たぶん家主から取り立てるほうが、楽に確実に取り立てられると思っていたのでしょう。
「とにかく、ウチは敷金から取り立てるとかは、慣習上も法律上もとてもできませんので……。無断駐車の件は今後そのようなことのないように、入退居の時にはしっかり伝えます。もし、なにか壊れた現場を見た、とかで本人に言いにくければ、ウチか管理会社に言ってもらえれば、本人に伝えますので」
なんだかよくわかりませんが、オーナーさんも勢いをそがれたようで憮然とうなづいています。
「なにぶん、自宅が離れてますので、目が行き届かないことは多いと思います。こちらさまを頼りにしておりますので、どうぞよろしくお願いします――」
と、頭をもう一度下げて、O家さんはやっと開放されました。とさ。