高校の先生、と名乗る人物から電話がかかってきたのは、5月のある日でした。
曰く、
「生徒が登校してこない」
と。
登校拒否かなにかのようです。この生徒――仮にA君としておきましょう。
実家が遠方のため、下宿してこの高校に通っています。
その下宿先がO家さんのワンルームマンション、というわけです。
登校してこない、と言われましても困るのですが、次に先生から出た言葉は
「部屋の鍵を開けてもらうわけにはいかないでしょうか?」
と、いうものでした。
何回か訪ねているものの、応答がない。もちろん電話も応答なしだそうです。
いったんはO家さん、断りました。
「いくら家主でも、勝手に入ると不法侵入になります」
「おっしゃることはごもっともです」
と、先生。
「けれどもA君は、友人に自殺をほのめかしているのです」
その友人も、今は連絡がとれないそうです。
一瞬、O家さんは血の気が引くのを感じました。
物件内で自殺でもされては大事です。
「わかりました! 緊急事態、ということで鍵を開けましょう。高校の職員証をお持ち下さい。私も立会いさせていただきます」
あと、親御さんへのご連絡も先生にお願いしました。
さて、物件へ訪問して、先生とともにインタホンを鳴らします。
当然のごとく、応答はありません。
O家さんはそっとドアポストを開けて、覗いてみました。
見える範囲とて限られてはいるのですが、人の気配はないようです。
幸い異臭もせず……。
ドアポストから、
「A君、いますか? 開けますよー」
と声をかけて、ドアを開けました。どうぞ、とドアを持って先生を先に入れます。
「A君、A君」
と呼ぶ声がします。
O家さんが入ってみると、先生が布団の中のA君をゆり起こしていました。
少しぎょっとしましたが、A君が「むーーん」と寝ぼけた声を出したので胸をなでおろしました。
先生の顔を認識したA君はひどく驚いた顔をしましたが、
「すみません」
と小さな声でつぶやきました。
どうやらひきこもりであったようです。
あとは先生とA君の悩み相談になったので、O家さんは一安心して辞去しました。