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平成17年7月14日神戸地裁判決

  

平成17年7月14日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成16年(レ)第109号保証金返還控訴事件
(原審:神戸簡易裁判所平成16年(ハ)第10756号、平成16年11月30日判決)
当審口頭弁論終結日 平成17年5月19日

判      決


主    文

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、25万円及びこれに対する平成16年9月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第1審、第2審を通じ、被控訴人の負担とする。
4 この判決は仮に執行することができる。


事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

1 控訴の趣旨
主文と同じ。

2 控訴の趣旨に対する答弁
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。


第2 事案の概要
本件は、控訴人が、被控訴人との間で建物の賃貸借契約を締緒した際、賃貸借契約終了時に一定金額を返還しない旨の合意(以下「敷引特約」という。)をして保証金を預託し、賃貸借契約終了後、被控訴人から、保証金から敷引金を控除した残額の返還を受けたが、敷引特約が消費者契約法10条により無効であるとして、被控訴人に対し、保証金返還請求権に基づき、敷引金に対応する保証金25万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(末尾に証拠の掲記のない事実は争いがない。)
(1) 被控訴人は、不動産の賃貸借及び売買、交換の斡旋、仲介などを業とする株式会社である。(弁論の全趣旨)
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、平成15年7月13日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、以下の約定で賃貸し、これを引き渡した。(甲1)
ア 賃貸期間平成15年8月3日から平成17年8月2日
イ 賃料1か月5万6000円
ウ 共益費1か月6000円
工 更新
貸主及び借主双方に異議がなければ、本契約は同一条件で自動的に更新されるものとする。
オ 敷金等の清算
貸主に本物件の明渡しがあったときは、敷金(保証金については解約金を差し引いた後の残金)を無利息で借主に返還する。ただし、賃料等の滞納分、原状回復費用(保証金については通常の使用に伴う損耗を除く)の未払分及び損害賠償費用について、当該債務の額を敷金(又は保証金の残額)から差し引くことができる。
(3) 控訴人は、被控訴人に対し、本件賃貸借契約締緕結の際、本件賃貸借契約終
了時に敷引金として25万円(以下「本件敷引金」という。)を差し引いた残額の返還を受ける旨の合意(以下「本件敷引特約」という。)のもと、保証金として30万円を預け入れた。(甲1)
(4) 控訴人は、本件賃貸借契約を解約し、被控訴人に対し、平成16年2月末日、本件建物を明け渡した。
(5) 被控訴人は、本件建物の明渡しを受けた際、控訴人に対し、保証金30万円から本件敷引金25万円を差し引いた残額である5万円を返還した。


2争点
本件数敷引特約は消費者契約法10条により無効か


3 争点に関する当事者の主張
(控訴人の主張)
(1) 義務の加重
ア 本件敷引金を自然損耗の修繕費用と理解した場合
賃貸借契約においては、目的物を賃借人に使用収益させる貸主の義務と、賃借人の賃料支払義務が対価関係に立っており(民法601条)、それゆえに、目的物の修繕義務は賃貸人が負っている(民法606条)。そうすると、目的物の使用の対価である賃料は、目的物の当然の帰結である自然損耗と平衡していなければならないので、民法上、自然損耗の修繕費用は賃料に含まれているということになる。
したがって、賃貸借契約において、自然損耗の修繕費用は賃料に含まれているから、更に敷引金と称して自然損耗の修繕費用を受領することは、賃料の二重取りとなるので、本件数敷引特約は、民法601条、同606条が適用される場合に比して消費者たる賃借人の義務を加重する条項に該当する。
イ 本件敷数引金を空室損料と理解した場合
敷引金を空室損料と理解することは、目的物の使用収益が不可能な期間の賃料を賃借人に負担させることにあるから、民法601条が適用される場合に比して消費者たる賃借人の義務を加重する条項に該当する。
ウ その他
(ア) 被控訴人は、本件敷引金について、@賃貸借契約成立の謝礼、
A賃料                                 p4
を相対的に低額にすることの代償、B契約更新時の更新料の免除の対価であると主張する。
(イ) @について
賃貸借契約とは、目的物を使用収益させる義務と賃料支払義務との対価関係に尽きるはずであり、なぜ、賃借人のみが賃貸借契約成立の謝礼を支払わなければならないのか理解不能である。
(ウ) Aについて
そもそも、本件建物の賃料が相対的に低額になっているとの被控訴人の主張を裏付ける証拠はない。また、敷引金が賃料を相対的に低額にすることの代償であったとしても、なぜ賃貸期間の長短にかかわらず、一律に25万円とされるのか理解できない。
(エ)) Bについて
賃貸借契約更新時の更新料は、民法の賃貸借契約に関する規定上、賃借人が支払うべきものではない。
(オ)  以上のとおり、本件敷引金の性質が被控訴人が主張するようなものであったとして・も、民法の適用の場合に比して消費者たる賃借人の義務を加重することは明らかである。

(2) 信義則違反
ア 自然損耗の修繕費用を賃借人に負担させることは、民法上の原則及び社会通念に反するものであり、本来賃料でまかなわれるべき修繕費用を退去時に二重に徴収することになるから、賃借人にとって不合理な負担というほかない。このような不合理な慣行が形成されてきたのは、賃貸人優位の一市場の中で、契約自由の原則が機能せず、不公正な契約条件が横行してきたからである。そこで、行政庁は、賃貸借契約の原状回復の範囲から通常損耗を除外し、賃借人に故意又は過失(用法遵守義務違反)のある場合にのみ、原状回復義務を負うとのルールを定め、合理的かつ明確な負担のあり方を広めようと努力してきた。
敷引金を自然損耗の修繕費用ととらえる立場は、行政庁の努力によって確立されてきた原状回復のルールに反するものである。また、仮に賃貸目的物の通常損耗部分の原状回復特約が付されている場合であっても、それは実費として請求されるものであるのに対し、敷引特約では定額であって差額が返還されないものであるから、不当性、不合理性はより著しいというべきである。
敷引特約は、本来毎月の賃料に含まれるべき自然損耗の修繕費用を二重取りするものであり控訴人は一方的に利益を害され、その犠牲の上に被渡控訴人が利益を得ているのである。一方、仮に、敷引特約を廃止したとしても、被控訴人は、原則どおり、毎月の賃料から自然損耗の修繕費用を捻出すればいいのであるから、何ら不利益をもたらすものではない。
イ  敷引金は、公営住宅法、都市基盤整備公団法、住宅金融公庫法、特定優良賃貸住宅の供給の促進に関する法律に違反するものとして、これらの法の適用のある賃貸住宅契約においては、つとに禁止されており、しかも、住宅金融公庫法違反においては罰則の適用まである。
ウ  本件敷引金は25万円と単身者向け賃貸住宅としては高額であり、保証金全体に占める割合も83パーセントと高率で、かつ毎月の賃料の4.5か月分(共益費を含めば4カか)月分)に相当するものであって、その全額が返還されないということは消費者たる控訴人に過酷である。
また、控訴人は、本件建物に7か月あまり居住していたにすぎず、しかも、その間、通常の使用に従い使用してきたのであって債務不履行責任を間われる理由もないのに、毎月支払ってきた賃料とは別に25万円も支払うことは重大な不利益である。
エ  敷引特約は、賃貸住宅の供給不足、需要過多の時代につくられたもので あり、情報力及び交渉カの点において注圧倒的優位な立場にある賃貸人が、その地位を利用し、なお現在も、一方的に賃借人に押しつけているものである。

賃貸人は、自ら又は専門業者に委託して、定型的な契約書をあらかじめ作成しておき、その中に賃借人の利益を一方的に害して自らの利益を図る条項を組み込ませておくことで、一不当に利益を得ることができる。賃借人は、そのような条項も含めて契約全体を承諾して締結するか、これを拒否するかの自由しか有しておらず、交渉によって不当条項を変更させる余地はおよそ存在しない。
オ  本件において、被控訴人及び伸仲介業者は、控訴人に対し、本件賃貸借契約締結の際、本件数本件敷引特約の趣旨を説明していない。この点、東京都条例は、宅建業者に対し、最低限のルールとして、賃貸借契約の代理又は媒介に際し、退去時の原状回復・入居中の修繕の費用負担は、原則として賃貸人が行うべきであることを説明することを義務づけている。被控訴人は、控訴人に対し、最低限の情報を提供する義務を怠り、重要事実を告知しなかったのである。
カ  したがって、本件敷引特約は、当事者間の情報力及び交渉力の格差につけ込み、賃貸人が賃借人に一方的に押しつっけたものであって、著しく信義則に反するというべきである。

(3) 以上のとおり、本件敷引特約は、消費者契約法10条により無効である。


(被控訴人の主張)

(1) 本件数敷引金の性質
本件敷引金の主たる性質は、@賃貸借契約成立の謝礼、A賃料を相対的に低額にすることの代償、B契約更新時の更新料免除の対価(無条件で更新を承認する対価)と理解されるべきである。
控訴人は、本件数敷引金の性質が賃貸目的物の自然損耗に伴う修繕費用であると主張するが、これを裏付ける事情は何ら存しない。

(2)  義務の加重について
消費者契約法10条は、民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費着の義務を加重する消費者契約の条項について適用がある。「公の秩序に関しない規定」の範囲については、明文の任意規定に限るとする限定説と明文の任意規定に限られず不文の任意法規や契約の一般法理を含むとする非限定説があるが、明確性・予測可能性に照らすと限定説が妥当である。
そして、敷引特約に関する明文の任意規定はなく、また、非限定説に立っつたとしても、敷引特約に関する不文の任意法規や契約の一般法理は存在しない。
したがって、本件数敷引特約は、民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項に当たらず、消費者契約法10条の適用はない。

(3) 信義則違反について

ア  敷引特約一般について
(ア)  関西地方において、慣行として敷引特即約が付されている賃貸借契約は多く存在し、消費者契約法施行後においても、かかる慣行がなく狂っていないことは公知の事実である。
(イ)  本件物件のように単身者向け賃貸マンションの物件情報は、雑誌やインターネット、多数の仲介業者の店舗によって広く公開されており、賃料額と並んで敷引特約の有無や敷引金額も明記されているのが普通である。賃借人は、敷金・礼金方式のもの、敷金のみのもの、敷引特約があるもの、敷金、礼金等の一時金が一切ないものなど多種多様な条件の物件がある中で、一時金の有無、条件、金額と賃料、間取り、立地等を比較した総合的判断のもとに、主体的に自らの希望に添う物件を選んでいるのが実情である。
(ウ)  そして、実際の賃貸借の場面では、仲介業者を通じた契約前の交渉によって、賃料を減額したり、敷金(保証金)を減額したり、敷引金額を減額するということが広く行われており、賃貸人が優越的地位に立ち、賃借人に一方的に契約条件を押しつけているという関係にはない。
(エ)   また、敷引特約は、自然損耗の修繕費用を賃借人に負担させる特約
とは異なり、予め敷引金が具体的に明示されており、預託した金額のうち返還されない金額が誰にでも容易に理解できるものである。そのため、賃借人は、敷引特約の内容を検討し、賃貸借契約を締結緒するかどうかの判断材料とすることができるのであって、何ら賃借人に不利益を与えるものではない。

イ  本件に固有の事情について
(ア)  本件賃貸借契約は、控訴人から依頼を受けた仲介業者が仲介をしており、契約交渉も専ら伸仲介業者を通じてなされているのであるから、控訴人と被控訴人との間で、情報力及び交渉力に格差はない。
(イ)   本件敷引特約は、賃料額とともに本件賃貸借契約の契約書の1項目に明記されている。そして、控訴人は、仲介業者から重要事項の説明も受けているのであるから、本件数敷引特約の理解について不十分であったとは到底考えられない。
(ウ)   本件賃貸借契約の契約書は、控訴人が依頼した仲介業者の定型契約書を用いて作成されたものであり、「敷金」、「礼金」、「保証金(解約引き)」の欄が並べて設けられている体裁からも明らかなとおり、敷引特約がない物件についても広く利用されているものである。控訴人が主張するように、賃貸人側で定型的な契約蕃書を予め作成し、その中に賃借人の利益を一方的に害して自らの利益を図る条項を組み込ませたもので はない。
(エ)   敷引金が25万円という本件敷引特約の内容は、近隣の類似物件でも多数採用されているところであり、近隣同種の契約条件に照らして不相当に高額とはいえない。また、控訴人が居住していた期間が7か月であったとしても、本件賃貸借契約による期間は2年間とされているから控訴人の退去はあくまで控訴人の都合によるものにすぎない。


ウ  以上のとおり、敷引特約に関する一般的な事情だけでなく本件に固有の事情に照らしても、本件敷引特約に信義則違反の場合と同程度あるいはそれに近い相応の不当性がないことは明らかであり、民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものとは到底いえない。


第3  当裁判所の判断
1  争点
(本件敷引特約は消費者契約法10条により無効か)について

(1)  義務の加重
賃貸借契約は、賃貸人が賃借人に対して目的物を使用収益させる義務を負い、賃借人が賃貸人に対して目的物の使用収益の対価として賃料を支払う義務を負うことによって成立する契約であり(民法601条)、賃貸目的物の使用収益と賃料の支払が対価歯関係にあることを本質的な内容とするものである。そして、民法上、賃借人に賃料以外の金銭的中負担を負わせる旨の明文の規定は存しない。そうすると、民法において、賃借人が負担する金銭的な義務としては、賃料以外のものを予定していないものと解される(ただし、賃借人に債務不履行がある場合は、別である。)。また、学説や判例の集積によって二股的に承認された不文の任意法規や契約に関する一般法理によっても、敷引特約が確立されたものとして一般的に承認されているということはできない。
したがって、賃借人に賃料以外の金銭的負担を負わせる内容の本件数敷引特約は、賃貸借契約に関する任意規定の適用による場合に比し、・賃借人の義務を加重するものと認められる。

(2) 信義則違反

ア  本件敷引金の性質
関西地区での不動産の賃貸借契約においては;、敷金、保証金などの名目で一時金の授受が行われた際、賃貸借契約終了時に敷金又は保証金から一定金額(敷引金)を返還しない旨の合意(敷引特約)がされることが多い。
この敷引金の性質について、一般的には、@賃貸借契約成立の謝礼、A賃貸目的物の白1自然損耗の修繕費用、B賃貸借契約更新時の更新料の免除の対価、C賃貸借契約終了後の空室資賃料、D賃料を低額にすることの代償などと説明されている(甲24)。
ところで、敷引金の性質について当事者の明確な意思が存する場合はともかく、そのような明確な意思が存しない場合には敷引金の性質を特定のものに限定してとらえることは困難であるから、その敷引金の性質は、上記@ないしDなどのさまざまな要素を有するものが渾然一体となったものととらえるのが相当である。
これを本件についてみるに、控訴人と被控訴人の間で、本件数敷引金の性質について明確な意恵が存するものではないので、本件数敷引金の性質については、上記@ないしDなどのさまざまな要素を有するものが渾然一体となったものと解さざるを得ない。
この点、被控訴人は、本件敷数引金が賃貸目的物の自然損耗の修繕費用という性質を有することを裏付ける事情は存しないと主張する。しかし、上記第2・1(2)のとおり、本件賃貸借契約の約定では、敷金が差し入れられた場合には、敷金から通常損耗の原状回復費用についても差し引くことができるとされているが、敷引特約が付された保証金が差し入れられた場合には、敷引金を差し引いた後の保証金からは通常嶺損耗の原状回復費用は差し引かないとされていることからすると、本件数敷引金は、賃貸目的物の自然損耗の修繕費用の側面も有しているものと解されるので、被控訴人の上記主張を採用することはできない。
以下、本件敷金の性質として考えられる上記@ないしDの各要素について検討を加えた上、本件敷引特約が信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものかどうかにっついて判断することとする。

イ 上記 @ ないし D の各要素の検討
(ア)  @ 賃貸借契約成立の謝礼
賃貸借契約成立の際、賃借人のみに謝礼の支出を強いることは、賃借人に一方的な負担を負わせるものであり、正当な理由を見いだすことはできない。そして、賃貸借契約は、賃貸目的物の使用収益と賃料の支払が対価関係に立つ契約であり1賃貸人としては、目的物を使用収益させる対価として賃料を収受することができるのであるから、賃料とは別に賃貸借契約成立の謝礼を受け取ることができないとしても、何ら不利益を被るものではない。
(イ)  A 賃貸目的物の自然損耗の修繕費用
賃貸借契約は、賃貸目的物の使用収益と賃料の支払が対価関係に立つ契約であるから、自目的物の通常の使用に伴う.自然損耗の要する修繕費用は考慮された上セで賃料が算出されているものといえる。そうすると、賃借人に賃料に加えて敷引傘の負担を強いることは、賃貸目的物の自然損耗に対する修繕費用について二重の負担を強いることになる。これに対し、賃貸人は、賃料から賃貸目的物の自然損耗の修繕費用を回収することができるのであるから、別途敷引金を受け取ることができないとしても、何ら不利益を被るものではない。
(ウ))  B 賃貸借契約更新時の更新料の免除の対価
上記同で検討したところと同様、賃貸借契約において、賃借人のみが賃貸借契約の更新料を負担しなければな彼らない正当な理由申を見いだすことはできず,しかも,賃借人としては,賃貸借契約が更新されるか否かにかかわらず、更新料免除の対価として敷引金の負担を強いられるのであるから、不合理な負担といわざるを得ない。
一方、賃貸人としては、賃貸借契約が更新された後も、目的物を使用収益させる対価として賃料を受け取ることができるのであるから、賃料とは別に賃貸借契約の更新料を受け取ることができないとしても、不利益を被るものではない。
(エ)  C 賃貸借契約終了後の空室賃料
賃貸借契約は、賃貸目的物の使用収益と賃料の支払が対価関係に立つ契約であり、賃借人が使用収益しない期間の空室の賃料を支払わなければならない理南由はないから、これを賃借人に負担させることは一方的で不合理な負担といわざるを得ない。
一方、賃貸人としては、新たな賃借人が見つかるまでの期間は賃料を収受することができないが、それは自らの努力で新たな賃借人を見つけることによって回避すべき問題であり、その不利益を賃借人に転嫁させるべきものではない。
(オ)  D 賃料を低額にすることの代償
敷引特約が付されている賃貸借契約において、賃借人が敷引金を負担することにより、目的物の使用の対価である賃料が低額に抑えられているのであれば、敷引金は目的物の使用の対価としての賃料の性質をも有するから、直ちに賃借人の負担が増大するものとはいえない。
しかし、賃料の減額の程度が敷引金に相応するものでなければ、実質的には賃借人に賃料の二重に負担を強いることにもなるところ、本件において、賃料の減額の程度が敷引金に相応するものであるかは判然としない。また、本来、賃借人は、賃貸期間に応じて自目的物の使用収益の対価を負担すべきものであるから、賃貸期間の長短にかかわらず、敷引金として一定額を負担することに合理性があるとは思えない。さらに賃借人は、敷引特約を締結する際、賃貸期間について明確な見通しがあるわけではなく、また、敷引金の負担によりどの程度賃料が低額に抑えられているのかという情報を提供されない限り、敷引金の負担により賃料が低額に抑えられることの有利、不利を判断することも困難である。
一方、賃貸人としては、目的物の使用収益の対価を適正に反映した賃料を設定すれば足りるのであるから、敷引金を受け取ることができなくても不利益を被るものではない。

ウ  まとめ
以上で検討したとおり、本件敷引金の@ないしDの性質から見ると、賃借人に本件敷引金を負担させることに正当な往理由を見いだすことはできず、一方的で不合理な負担を強いているものといわざるを得ない。そして、本件敷引金に上記@ないしDで検討した以外に、賃借人に賃料に加えて本件敷引金の負担を強いることに正当な理由があることを裏付けるような要素があるとも考え難い。
さらに、敷引帯特約は、賃貸目的物件について予め付されているものであり、賃借人が敷引金の減額交渉をする余地はあるとしても、賃貸事業者(又はその仲介業者)と消費者である賃借人の交渉カの差からすれば、賃借人の交渉によって敷引特約自体を排除させることは困難であると考えられる。これに加え、上記のとおり、関西地区における不動産賃貸借において敷引特約が付されることが慣行となっていることからしても、賃借人の交渉努力によって敷引特約を排除することは困難であり、賃貸事業者が消費者である賃借人に敷引特約を一方的に押しつけている状況にあるといっても過言ではない。
以上で検討したところを総合考慮すると、本件敷引特約は、信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものと認められる。 
(3)  したがって、本件敷引特約は、賃貸借契約に関する任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重し、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであるから、消費者契約法10条により無効である。

2  結論
以上によれば、本件数敷引金に対応する保証金の支払庭を求める控訴人の請求は理由があるので、原判決を取散り消し、控訴人の請求を認容することとし、主文のとおり判決する。


神戸地方裁判所第5民事部
裁判長裁判官村岡泰行
裁判官三井教国
裁判官山下隼人

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